いろどり。

毎日にちょっとした彩りと刺激を。メーカー人事職として働く20代後半OLが、日々の暮らしに役立つちょっとした知識と、夫や友人と繰り広げるおもしろ日常を書いていきます。

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産休中に考えた『なんのために働くのか』

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産休に入ったため、かなり自由な時間を過ごしています。

 

産休に入る前は特に仕事が多忙だったこともあり、産休後の過ごし方について楽しく妄想を膨らませていました。

 

産休入ったら毎日1時間散歩して、週2でマタニティスイミングに通って、ヨガもして、資格もとって、お裁縫始めちゃったりして・・・。

 

産休前の自分に言ってやりたい。そんな妄想叶わんぞと。

 

なぜなら、里帰り先の病院で、お腹が張りやすい+逆子になっているので散歩すらNGと言われ、正期産(37週~)まで家での安静を余儀なくされてしまったのです。。。

※今は逆子治ってます! 

 

というわけで、できることと言えばベッドの上でもできることのみ。

 

ひたすらYoutubeを見たり、出産・育児レポを読み漁ったり、本を読んだり・・・。

 

そんな日々の中、最近竹田恒泰さんの『日本人が一生使える勉強法』という本を読んで色々と考えさせられたので、今回はそのお話を書こうと思います。

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感想(4件)

根本から違う西洋と日本の考え方

 

最近よくジョブ・ディスクリプションという言葉を耳にします。

 

ざっくり言うと、仕事の内容を詳しく書いた文書(職務記述書)のことですね。

 

海外ではアメリカはもちろんのこと、欧米でも各企業で多く導入されており、仕事の内容・範囲・責任・求められるスキルや技術等が詳細に書かれてあります。

 

日本でも、近年個人の専門性を高めて国際競争力を養おうということで注目されています。

 

このジョブディスクリプション、私は日本企業でも積極的に取り入れるべきだと考えていました。

 

だって、このジョブディスクリプションに書かれている仕事以外は、頼まれても堂々と断れるってことですもんね。

 

会社で少なからず雑用を押し付けられることがあり、こんなん私の仕事じゃないわと思いながら渋々その雑用をこなすことが多々あった私は、それに不満を持っていたのです。

 

自分の責任の範囲内でやるべき仕事をこなし、定時で帰宅し、家族との時間を大切にする・・・そんな海外の働き方に、相当な憧れを抱いていました。

 

ただ、今回読んだ竹田さんの本を通して、1つの新しい考え方がインプットされました。

 

それは、西洋では労働は「懲役」であり、日本では「生きがいである」という考えです。

 

西洋では、聖書の中にも労働は「神から与えられた罰」ということが明記されてあり、その考えは古来から現代にいたるまで、西洋人の根本の価値観になっているというのです。

※もちろん西洋人の中でも色々な考え方はあると思いますので、あまり主語を大きくするのは良くない気もしますが・・・。

 

では日本はどうだったか。

 

日本人は昔から、仕事を「金銭を得る手段」とは考えず、その目的は、「世のため人のために役に立つこと」だったというのです。

 

単純に労働が金銭を得るためだったら、日本のあちらこちらで見られる美しい棚田や段々畑は存在していないし、戦時中に捕虜として海外に捕らわれた日本人が建設した建造物は、あんなに立派で耐久性に優れているはずがないと。

 

だから、働くことは生きがいであり、仕事があるのは幸せだと、そういう価値観を持っているのが日本人だというのです。

 

素直に、なるほどな~と思いました。

 

求められている仕事以上のことをするのは、確かに西洋的な考え方からいくと非効率だったり無駄だと思われたりすることが多いように思います。

 

実際私が勤める会社でも、あらゆる業務が標準化され、マニュアル整備が進められ、誰でも同じレベルで仕事ができる環境が求められており、+αにそこまで需要はないように思います。

 

ただ、この+α精神があったからこそ、戦後日本は短期間の内に敗戦国の立場から一気にアメリカに次ぐ経済大国に躍り出ることができたのでしょう。

 

最低限だけをこなす超効率主義は、もちろん必要なこともありますが、日本人の根本の価値観とは少しずれているところがあるのかもしれません。

 

こんなにマニュアル化された環境の中でも、日本においてやはり人望があり、価値ある仕事を任せられるのは、日頃から+αの仕事をしている人たちだと思うからです。

 

人の役に立っていると実感するには

 

ただ、ふと思いました。

 

人の役に立つってどういうことだろうと。

 

前述したように、私は雑用を任されることが多々あります。

 

雑用に対してあまり気が進まない理由の1つは、誰でもできるようなことに自分の時間を割き、しかも大して感謝されることもないので、自分が何かに貢献している実感がわかないから。

 

ここまで考えたときに、気づきました。

 

今の自分のレベルがそこにあるだけなんだなぁと。

 

『7つの習慣』の言葉を借りるのであれば、自分が及ぼすことのできる影響の範囲が今めちゃくちゃ狭いんです。

 

『日本人が一生使える勉強法』の後半には、具体的な勉強方法が書かれているのですが、これがかなり根気がいる勉強法なんですよね。

 

またいつか別途まとめられればとは思っていますが、とにかく大学院の研究員生かってレベルで取り組まないといけない。

 

そうやって自分のスキルや知識を一生懸命磨くことで、自分に巡ってきたチャンスや良い流れというのを見極めることができるようになり、良い仕事をして、最終的に世のため人のために役立てることができるのだと。そう解釈しました。

 

 対して私、自慢じゃないですが、社会人になってそんな一生懸命勉強したことありません。

 

こんな状態で、雑用なんて嫌だ、もっと質の高い仕事をなんて、傲慢にもほどがありますね。。。

 

つまり、今の自分だとチャンスがあってもつかめないし、良い流れが来ていたとしても気づかないし、そんな自分に、自分にしかできないような、みんなから感謝されるような仕事が回ってくるはずないのだと、身につまされる思いです。

 

何を勉強する?

 

というわけで、何かしら勉強せねばとは思うのですが、正直今は何に手をつけて良いやらさっぱり分かっていない状況です。

 

前回の記事に通じるところですが、やりたいことが見つかっていないのです・・・。

 

www.ruma.fun

 

竹田さんの本には、勉強 の本質について以下のように書かれてあります。

 

「役に立てるつもり」で勉強している時点で、それは大した勉強ではありません。勉強しはじめたら面白くて仕方がなくなり、知りたくてたまらなくなって、むさぼるように知識と知恵を求めていくのが、知る喜びに満ちた本当の勉強だと私は思います。

 

うーん、難しいですね。

 

最終ゴールは世のため人のために役に立つことだけど、勉強自体はそうではないと。

 

自分が本当に興味を持てるもの、おもしろいと心から感じるものを日々熱心に勉強したら自ずと自分磨きに繋がり、それが人の役に立つことになるということなのでしょうね。

 

まずは1つ専門分野を持つことが大事らしいので、あまり何を勉強するかについて探すことに時間を取られないようにし、気が向くままに今自分の中にある興味を突き詰めていきたいと思います。

 

それが最終的にどんな場面で役に立つのか・・・数年後に乞うご期待!!笑

 

おわり。